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福岡!企業!元気!のためのワンポイントQ&A 《令和3年8月号》
死亡退職金の受取人
  質 問

【質問者】
 不動産業(正社員 10 名、パート 2 名)

【質問内容】
当社は、不動産業を営む株式会社です。当社は、勤続 3 年以上の正社員に対して退職金を支給する「退職金規程」を定めています。
 先日、勤続 20 年の従業員が病気のため亡くなりました。退職金規程に従って死亡退職金を支給する予定です。退職金規程は、死亡退職金の支給対象遺族の第一順位として、「配偶者(事実婚を含む。)」と規定しています。
 ここで問題が生じました。亡くなった従業員には、いわゆる内縁関係の配偶者がいます。この事実婚の配偶者とは既に長く生計を共にしており、当社の役員・従業員とも広く面識があります。かなり前から別居したままの配偶者がいて、日頃連絡等をとることもないと聞いていましたが、どうも戸籍上は離婚していないようなのです。
 私たちの業界でよくある不動産の相続等では、遺言による指定等がない場合は、戸籍上の配偶者が優先されます。というよりも、事実婚だけの場合は相続権が認められません。今回の退職金の場合は事実婚である場合を対象とすることができるのですが、事実婚である配偶者と戸籍上の配偶者の両方が存在する場合、どちらに支給すれば良いのかわかりません。労働法では、どのように考えたらよいのでしょうか。

  回 答

【労働法と退職金】
 労働者の雇入に際して、事業所は法が定める項目の労働条件について、書面明示して交付する義務があります。必ずしも「雇用契約書」とする必用はありません。厚労省のモデル書式も「労働条件通知書」とされています。
 労働法においては、「退職金」に関する支給義務はありません。「退職金なし」でも合法というわけです。もちろん、「退職金あり」でも合法です。退職金ありとする場合は、事業所が就業規則等に、具体的な退職金の支給対象者、支給額、支給時期等を定めることになります。労働者が死亡したときに、死亡退職金を支給する場合の受取人についても、事業所が定めることになります。貴社の場合、死亡退職金の受取人について、「配偶者(事実婚を含む。)」と定めているわけです。
 労働基準法施行規則第 42 条〜第 45 条は、労働者が業務災害で死亡した場合の遺族補償について、その遺族の範囲や順位等について定めています。この規定は、中小企業退職金共済法(いわゆる「中退共」)でも準用されていますし、民間企業の退職金制度でも死亡退職金の受取人を定める場合に非常に多く用いられているようです。同第 42 条は、遺族補償を受ける第一順位として「労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。)」としています。貴社の死亡退職金の受取人と同様の定めですね。

【最高裁判例】
 実は、貴社のケースと類似する事案の裁判例があります(退職金等請求事件、最高裁令和 3 年 3 月 25 日)。死亡した労働者には別居状態で事実上離婚状態の戸籍上の配偶者があり、事実婚の配偶者はなく、戸籍上の配偶者との間に生まれた子があり、別居後は労働者と子が生計同一関係を継続していました。労働者が亡くなったことにより、中退共は退職金を戸籍上の配偶者を受取人として支給しましたが、子が提訴しました。最高裁は、「民法上の配偶者は、その婚姻関係が実態を失って形骸化し(中略)事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法 14 条 1 項 1 号にいう配偶者に当たらないというべきである」と判示しました。
 結論を言えば、離婚状態にある戸籍上の配偶者ではなく、第二順位である子が退職金の受取人と示したのです。この裁判例に従えば、貴社の場合、戸籍上の配偶者ではなく、事実婚の配偶者を退職金受取人とすべきところですね。

【遺族間紛争に巻き込まれたくない】
 さて、最高裁判決は結論として妥当ですし、貴社の今回のケースも事実婚の配偶者に支給するのが妥当だと思われます。しかし、今後のことを考えると、本当に夫婦関係が実態を失って事実上の離婚状態と認められるのか、また、事実婚についても、本当に客観的に事実婚と認められるのか等、個々の事案毎に判断に苦しむケースも生じる可能性が考えられます。
 事業所としては、遺族の実態に応じて支給することを目指すべきですが、同時に余計な遺族間紛争に巻き込まれないことも視野に入れておく必要があると考えます。本来退職金制度は事業所の裁量により設計できるはずです。そう考えると、死亡退職金受取人は、「労働者の健康保険の被扶養者である者」を前提として配偶者、子、等の順位としておくことが考えられます。離婚状態の別居の配偶者が被扶養者になっている可能性を排除したい場合は、配偶者については同居要件を付すことも考えられます。どのような制度としても、あらゆる事案に対して完璧にはできません。できませんから、紛争に巻き込まれないというもう一つの視点が、かなり重要だと思うのです

回答者  特定社会保険労務士 安藤 政明

人事労務全般、就業規則・諸規程、監督署調査、労働紛争、社会保険、労災、給与計算、契約書
安藤社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士・行政書士・一級FP技能士/CFP 安藤 政明
特定社会保険労務士・第二種衛生管理者 箭川 亜紀子
810-0041福岡市中央区大名2-10-3-シャンボール大名C1001
TEL 092-738-0808/FAX 092-738-0888/
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